排除

あと一月あるけれど、今年は、身辺、世間を問わず、「排除」ということに明け暮れた一年だったような気がする。
「排除」は、どことなくいやな語感はあるけれど、不要なものをより分けてすっきりさせるという効能もある。その点で、功罪、,両面があることばだ。
でも、除けるだけだから、根本のところには踏み込んでいないことを忘れてはならない。
面倒なもの、面倒なこと、それぞれが「面倒」であることの本質は、何なのか。
ここを考え続けることが肝心なはずだ。

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